[湘南日記] ある意味で感動的な本:「独裁者のためのハンドブック」

「キレイなOLさんが一心不乱に『独裁者のためのハンドブック』を読んでいる」という某氏コメントを耳にした。

ネタなのかもしれないけれども、実はこの本はガチに存在している。その著者も国際政治学では著名なニューヨーク大学ブルース・ブエノ・デ・メスキータ(B.D.M.)教授である。

実は彼の専門分野は政治学の中でも、最新コンピュータを駆使した未来予測モデル作成である。だから自然科学系ITエンジニアの僕にとっては、うさんくさい “日本国内の国際政治学者(自称)” とは一線を画している。

ただし和訳された「独裁者のためのハンドブック」はともかく、彼の一般人向け書籍は読みやすい。
そして何よりも面白い。
だから会社の若手や学生さんには「ゲーム理論で不幸な未来が変わる」という本を紹介していた。

今回は本の内容よりも、ブルース・ブエノ・デ・メスキータ教授を中心に紹介させて頂くことにする。

なお機密解除されたCIA文書によると、彼が引き受けたCIA向けコンサルティングの的中率は90%とのことである。
(彼向きの仕事だからCIAが依頼したということを考えても、的中率90%は悪くない数字のような気がする)

B.D.M.教授と僕

ブルース・ブエノ・デ・メスキータ教授はB.D.M.という通称が一般的だ。彼の名前には詳しくないけれども、メスキータ教授と呼ぶのは正しくないとのことだ。

1946年生まれであり、現在では70歳を越えている。
ちなみに彼の息子さんもハーバード大学の教授なので、そういう呼び方をすると混乱を引き起こしてしまう。そういうこともあって、B.D.M.という通称が無難である。
国際政治学の分野では名の知れた存在で、フーバー研究所の研究員だったこともある。

ワシントンポストでは、ブックレビューの対象にもなっている。これは数日前に投稿された記事だ。

なお彼のご両親は米国生まれではなく、政治経済的な事情で米国へ移民したとのことだ。彼が政治に興味を持ったのも、そこら辺が理由かもしれない。
(彼は著書やインタビューでは語ったことがないけれども、幼少期は相当苦労したらしい)

今では誰もが、応用数学の一分野であるゲーム理論のことに言及する時代になった。しか政治学の分野で先陣を切って、先進的に導入を試みた点が見事だったりする。
それもフリーライダーの利得計算やゼロサム・ゲームなどの基本的な学生向けレベルではなく、ゲーム理論の専門家が考案した最新理論を導入したのだ。
僕も大学では素粒子物理学を専攻したけれども、全くついて行けなかった。論文に書かれている文章は分かりやすくて理解できるけれども、数式部分がお手上げなのだ。

だから彼の真似をしてコンピュータによるシミュレーション・モデルを作ってみようと企んだけれども、見事に挫折してしまった。
ちなみに僕は某メーカーの事業戦略部門だけれども、もともとITエンジニアだからAIコンピュータの構築くらいは可能だ。日本でも個人レベルでは水冷式Deep Learningマシン導入を最初に導入した連中の一角だったりもする。

しかし彼のモデルで厄介なのは未来予測の方程式が適用モデルによって変わることであり、数式を完璧に理解できていないと使いこなせない。
もちろんDeap Learningのように方程式とモデルを別々に分けたバージョンも開発されているけれども、それはDeap Learningソフトウェアと違って一般公開されていない。
そもそも彼はチームを編成して、このプログラムの改良にコツコツと取り組んでいる。

最近では日本でもサブスクことサブスクリプションというビジネスモデルが流行しているけれども、世界でも真っ先に導入した部類に属する。
彼が作成したプログラムや基本モデルはWebサイト上で実行可能になっており、学生であればユーザ登録後にを試すことが出来る。ここら辺の商売感覚は、日本企業や大学では全くついていけない。

と、いうか、B.D.M.教授は単に予測モデルを開発するだけでなく、CIAなどの政府機関や大企業向けに有料コンサルティングを提供している。
それも自ら汗をかくのではなく、弟子や仲間を育てて、彼らにそういったコンサルティング企業の運営を任せている。
彼は大学教授らしく、その結果をチェックして指導することに専念している。
自らの研究成果を実社会に適用し、本当に政治やビジネスを成功させている。
単純に考えれば「社会学者なんだから当たり前」なんだけれども、日本では学者が研究によって生み出された成果でビジネスするという話は聞いたことがない。
実に見事だとか言いようがない。

英語圏であれば、CNBC誌、ロイター誌、ワシントンポスト誌といったメジャー雑誌が彼のコメントを引用することがある。

彼の本は “The Dictator’s Handbook” (独裁者のためのハンドブック) というタイトルで世間の目を引き、その分かりやすい内容で好評を博している。

ただし和訳書の「独裁者のためのハンドブック」は読んだことがないけれども、翻訳が宜しくないという人もいる。横浜市だと横浜市立図書館が蔵書しているので、借用することが可能だ。

なお「ゲーム理論で不幸な未来が変わる!(21世紀のノストラダムスがついに明かした破綻脱出プログラム)」はタイトルこそ “アレ” だけれども、翻訳本も読みやすい。(細かい記述の省略は散見されるけど)

残念ながら翻訳本だと巻末の決定木などの数学的な部分は削除されているけど、あまり目を通す人は多くないだろう。大学図書館で借用することは可能だと思うので、興味があったら一読してみることをオススメしたい。

しかし… どうして本来はタイトルを工夫した程度なのに、和訳本は絵柄をマンガ風に変えたり、タイトルを大幅変更するのだろうか。
原書は上記の通りで、「ハデハデだあ!」ということは全くないのだけれども。

彼や僕の分析現場

さて前置きが長くなってしまったけれども、彼や僕の分析現場を紹介させて頂くことにしよう。
と、言っても大したことはない。

これは数年前に職場で利用していたものだ。

彼の場合は、さらに大したことはない。
ポストイットのようなツールさえ必要ない。
「課題を適切に設定し、必要なデータを集めた後は、全てを予測プログラムに任せれば良い」である。

だからPredictioneer’s Gameの第5章 “正しい問いが問題解決を導く” で、その例を紹介している。他の研究者から相談を受けて、その場で紙ナプキン2枚に分析用データをまとめた。
そしてコンピュータに数値入力して分析を実施した。

なお分析対象は「中東が平和に向かって前進するために今後数年のあいだにとられる可能性のあるステップの予測」である。わずか紙ナプキン2枚に書かれたデータは、次のようなものだったとのことだ。

  • 利害関係者
  • それぞれの影響力
  • それぞれの問題重視度
  • それぞれの現在のポジション
  • 可能となる妥協点

ちなみにB.D.M.教授のコンサルティング対象は、”吸収合併をもくろむ企業、テロリストの脅威を評価したい国防総省、訴訟を有利に進めたい法律事務所、イランの核開発に対する関心を知りたいCIAなど” とのことである。
ただし教授によると、それらの企業や機関が出してくる相談(問い)は、本質からずれていることが殆どであるとのことだ。

これは現在の日本でも同じだけれども、教授は意思決定者たちが問題の本質を掴もうとしないことを嘆いている。それは自らの地位といったポジションを維持するのに必要なのが問題解決することでないためであり、それもゲーム理論から見ると分析可能な行動とのことである。

なお僕たちが問題の本質を理解して未来予測するには、次の三点が最も難しい作業になるとのことだ。

  • 大問題の解決方法を見つけるには多数の小問題を特定する
  • 小問題をしっかりと理解する
  • 問題をきちんと整理して、本質を見極める

これ、会社員には実に頭の痛い話だったりする。
少なくとも僕の場合、我が身を振り返ると「流されまくっている」である。
某社の杉下右京などと呼ばれていても、その場限りの対応しか実現できていない。経営幹部に向けて、何が自社の本質的な問題であって、それらをどうすれば良いかは全く提示できていない。
「何が戦略ストラテジストだよ」と自虐する毎日の連続だ。

ただしいちおう、社内で戦略ストラテジストとしてのポジションは獲得した。
ここまで来るには数十年を必要とした。
何しろ人間というのは合理的ではあっても理性的ではない。米国に在住してマーケティング技法を学んで帰国しても、国内ではそのままでは通用しない。
人間… 特に日本人というのは、分析結果をストレートに説明されるのを好まない。
コンサルティング業界では、日本人向けに説明資料を「柔らかく」加工するというのは定番だった。自然科学というのは普遍的な存在だけれども、人間というのは訓練しないと自然科学的な見方や考え方をできない。

「お袋は自分の体が原子や分子という粒で出来ていると信じられるか?」
「そんなこと信じていないわよ」
「子供よ、お前は中学生だけれども信じられるか?」
「うーん。そう教わったから間違いないとは思うけれども、実感はないなあ」

他人のことを声高に非難する政治家がいるけれども、あれはゲーム理論的には合理的な行動なのだ。
たとえごく少数しか支持者を得られなくても、それが熱狂的な存在であれば、社会変化を起こす力は強くなる。非情にして無情なゲーム理論は、そういった社会的構造を明らかにしてくれる。
「独裁者のためのハンドブック」というのは、その種明かしをしてくれる本なのだ。一般人向けに分かりやすい文章と事例を使っているけれども、その本質は人類が到達した最先端科学の応用なのだ。

いや、ここでは正直に訂正をした方が良いだろう。
実をいうとB.D.M.教授の予測プログラムは最先端科学の応用だとは言えない。彼が予測プログラムを開発したのは数十年前であり、現在のゲーム理論とコンピュータ技術は著しい進歩を遂げた。
彼が70歳を過ぎた現在でも優れた研究者にしてビジネスマンであることは変わらないけれども、もっと新しい技法も開発されている。
現在では複雑系といって、社会を個人レベルでデータ処理する予測プログラムも開発されている。
自然科学の進歩は、それを身に付けた人と身に付けていない人を区別するようになりつつある。

しかしここまで来るのは本当に大変だった。
B.D.M.教授にしても、1970年代に初めて米国政府関係者からインド選挙の結果予想を依頼された時は、おとぎ話だと笑われたとのことだ。
「コンピュータに数値を入力して得られる結果に頼るのはよろしくないですな」とも言われたらしい。
それを実績を積み重ね、学生を育てて味方を増やし、少しずつ世界を変えようとして行った。
何が彼をそこまで動かしたのだろうか。

僭越ながら僕が勝手に察するところでは、米国への移住などが関係していると思う。
頭脳明晰な彼のご両親だから、おそらく相当な能力を持っていたと思う。しかし社会情勢というのは、少しくらいの知性など構わず影響を及ぼして来る。
今の日本人は理解するのが難しいかもしれないけれども、「生まれた国が悪かった」というのはあり得るのだ。
(ウクライナ人のスタッフと会話したことはないけれども、まさらに彼ら/彼女らがご両親のような苦労を味わっているかもしれない)

そんなこの世の不条理を少しでも何とかしたいと思って、彼は政治学の道を志したように思える。
僕にしても社内政治であれこれと苦労をして、企業機密だから口外できないような体験をして、「科学的な政治学」を身に付けようという考えを持つようになった。
それから15年以上もかけて、ようやくデータ分析を事業戦略に適用しようという機運が生まれるようになった。

クロスのポーラス芯

そんな訳で僕はTVドラマのCIA分析官のように、付箋紙を使ってB.D.M.教授の “3つの基本” に従って戦略ストラテジスト業務をやろうと頑張っている。
まだ僕だけの個人技だけれども、興味を持つ若手が増えて来ている。
ただし自然科学への理解が前提となるので、これは子供たちの教育から頑張る必要がある。
特に日本人は優れた感性に頼り切る傾向が強く、なかなか大変な道のりだったりする。

まとめ

以上の通りで「独裁者のためのハンドブック」は本当に存在しているし、著者は少しでも社会を大多数への満足度を高める方向へ変えて行きたいと願っている。
そのために「どうして独裁政権の方が長期存続しやすいのか」という部分に焦点を当てた本を執筆したという次第だ。

そういった本が和訳本のようだけれども、電車の中でキレイなOLが読んでいると聞くと、ついつい嬉しくて反応してしまうのだ。
僕も学生さんたちへ講義する機会があったら、「The Dictator’s Handbook」は強くオススメしている。
国際政治学的には有名な本だから、別に僕でなくてもオススメする先生方も多いだろう。

そうして自然科学を適用した社会科学の理解が進めば、人類はもう一歩は先へ進めるかもしれない。
だからこうやって、年末の時期にブログ記事を投稿していたりするのだ。

それでは今回は、この辺で。ではまた。

———————
記事作成:小野谷静