【ネタバレ】(実は新刊) ガリレオ「禁断の魔術」文庫版はオリジナル

こんにちは、生活費のためにブログを書いているヒツジ執事です。

なんだか寂しい雰囲気の見出しですが、湯川学先生に言わせると「生活費と寂しさの相関関係が分からない」と言われてしまいそうです。

たしかにその通りです。今回の一冊を読んだ私は、ブログを書くよりも研究をしたくなってストレスが溜まっているというのが本音です。

著者も似たような想いで一念発起したようで、「猛射つ(うつ)」だけを全面書き直して一冊の長編小説として文庫版化しています。

禁断の魔術(ウキペディア)

基本的なストーリーは単行本と変りませんが、著者の東野圭吾氏が自ら「最高の『ガリレオ』」と評する一冊です。

今回も感じたところをダラダラと書きたいと思います。

ちなみに下記の「容疑者Xの献身」でコメントした通り、たしかに湯川学先生は成長していると表現して、間違っていませんでした!

https://www.note1005.com/?p=1419

文庫版はオリジナル

このところ「魔法ノート」とか「メモの魔力」で忙しいヒツジ執事ですが、とうとう別サイトを「魔法ノート」と改名して、専用サイトとして構築中です。

そういう意味でも「魔」というキーワードには敏感なのですが、「禁断の魔術」は「沈黙のパレード」と異なり、手帳や筆記具は登場しません。

本書の「魔術」は、ヒツジ執事の本来的な専門分野である「物理(科学)」を意味しています。

今まで著者は「短編」では科学トリック、長編では「心理トリック」を重視して来たとのことですが、「禁断の魔術」では両方を取り込んでいるとのことです。

たしかに科学トリック、つまりストーリーは膨らませようがないです。したがって全面書き直しで新たに登場したのは、心理描写などが中心だと言えます。

(それにしてもブログの見直しをやっていると修正作業というのも大変な作業で、どちらかという全面書き換えは新作執筆に近い労力を費やしているような気がします)

もともと原稿用紙250枚程度の中編だったとはいえ、読者としては嬉しい限りです。ちなみに文庫版は、原稿用紙400枚程度になりました。(書評によると200枚加筆とのこと)

“やがて主人公だけでなく、脇役や悪役にいたるまで、一人一人の生き様や心情が私の中でしっかりと形を成してきたのです。これは中編「猛射つ」として書いていた時にはなかったことでした。”

たしかに読んでいて、この通りだと感じました。著者が「シリーズ最高のガリレオ」と表現するのも頷けます。

ちなみに私は「成長」と表現しましたが、下記レビューでは「立体化」と表現されています。

“そして、これらの長篇が書かれたことによって湯川のキャラクター造型は当初の冷静な超人的天才から変化し、事件との関わりで苦悩する姿も描かれるようになり、草薙をはじめとするレギュラー陣との関係にも起伏が生まれた。”

たしかにその通りです。おかげで小学校五年生のMikanお嬢様は、まだお子様なので理解しきれません。彼女には、中編のままで十分なようです。

気になった箇所

さていつもと違って、今回は読んだことのない方もいらっしゃるかもしれません。それを念頭に入れて、説明したいと思います。

「BOOK」データベース
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“かつて湯川が指導した、高校の物理クラブの後輩・古芝伸吾が帝都大に入学してきた。だが彼は早々に大学を中退してしまい、その影には彼の姉の死が絡んでいたらしい。その頃、フリージャーナリストが殺された。その男は代議士の大賀を執拗に追っており、大賀の番記者が伸吾の死んだ姉であったことが判明した。草薙は伸吾の姉の死に大賀が関与しており、伸吾が大賀への復讐を企んでいると警戒する。湯川はその可能性を否定しつつも、伸吾が製作したある“装置”の存在に気づいていた。「私は君にそんなことをさせたくて科学を教えたんじゃない」――湯川と愛弟子の対決の結果は!? “
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まず目に留まったのは、冒頭で湯川学先生が「若々しさを全身から発していた」という点です。本作は最後にメールされたように、渡米する直前の話です。

『急遽、ニューヨークへ行くことになった。しばらく戻らない。仮に怪事件が起きたとして、アメリカまでは来ないでほしい。ではまた』

そして日本に戻って来てから、「沈黙のパレード」が起こりました。その時には白髪が混じり始めたと描写されていました。

どうやら本書と「沈黙のパレード」の間には、3年以上の月日が過ぎていたということらしいです。

そしてさらに湯川学先生は、ビールを何本も飲みました。まあ酒は飲む人ですが、「舌は軽やかになり、いろんなことを話してくれた」というのが意外でした。

「科学を制する者は世界を制す」には全面的に頷いてしまう元エンジニア・ヒツジ執事ですが、ビールは飲まないです。

それよりも思考力や判断力を残しておきたいという発想なのですが、これはエンジニアを通り越してゴルゴ13に近いのでしょうか。少し自信がなくなりました。

それにしてもヒロインの由里奈ちゃんには共感を覚えます。「面倒くさいと思ったが、お金を貰えるなら話は別だ」と事務所の電話番をする様子は、まさに現在の私でしょうか。

またその事務所も、叔父の工場を思い出して懐かしいです。私の父はどこぞの高校教師とはならずにサラリーマンとなりましたが、数学部出身でした。工場の事務所は気が休まります。

この工場で古芝伸吾君は、ある”装置”を製造します。すごいですね。

そしてしばらく後、お馴染みの草薙さんと内海さんが帝都大学を訪問します。しかしいつもと少し違います。

「電話を貰った時には驚いた。君たちがここへ来ることは、もうないだろうと思っていたからね」
「来たかったわけじゃない。今回は上からの指示だ。指示には従わなきゃならない」

「ありえない」を簡単に言いたくない人種の湯川先生だから、明らかに皮肉でしょう。そういうことを言うレベルに成長しているということです。

そしてストーリーも寂しさを感じるものになっています。

「結局みんな、自分の生活を支えることで精一杯なんです」と、米村さんという人が語ります。

これが原稿用紙200枚加筆の一部でしょうか。ストーリーに陰陽が付くというか、リアリティが増しています。パーティー会場での大賀議員と湯川先生のやり取りも面白いです。

ただし事件そのものは、特に大きな修正はされていません。なんだか湯川先生が活躍せずに話が進んで行きますが、別に今回は推理を期待されていないといったところでしょうか。

ちなみに私も期待していなかったりします。(^_^;)

それよりも私に刺さるのは、内海さんのセリフです。

「逮捕はできるかもしれません。でも古芝君を救えない。それでいいんですか」

これには湯川先生の目が悲しげに揺れます。こういうところが、長編の良いところでしょうか。

科学を発展させた最大の原動力が人の死や戦争だとか、著者ならではコメントもあります。

そして内海さんは長岡事件を古芝君のせいだとは考えません。「刑事の感」、相変わらず冴えています。

ボールペンの役割

内海さんの見事だったのは、それだけではありません。彼女は見事に犯人を見つけました。

今回の小説でのボールペンの役割は、長岡氏の “隠しボイスレコーダー” です。

真夏の方程式で使ったダンヒルのサイドカー油性ボールペンが登場することを楽しみにしていましたが、残念ながら今回の湯川先生は筆記具とは無縁の人でした。(;_;)

ところで内海さんは、その隠しボイスレコーダーの録音から、犯人を割り当てます。現場にいた刑事と分からないことであり、感と努力には頭が下がります。

ただし犯人は調子に乗って自ら経営するレストランを拡張して墓穴を掘る訳ですが、それは個人的には責められないです。いや、ブログをやっていると、誰もが一度は経験します。

気を締めているつもりで、ついついとブログの内容が陳腐になってしまう。その一方で、思わぬ収入で出費は増える。後に待っているのは “自転車操業” です。

だから彼のことは、個人的には責めにくいです。ただ湯川先生のように、溜息が出るだけです。

同じように溜息が出るのは、大賀議員です。困っている人を見捨てるというのは、溜息しか出ません。

少しお小言したいのは、大賀議員の秘書である鵜飼氏です。ちょっと状況を考えれば、どうやっても大賀議員に辿り着くは想像できるでしょう。

事実、物語の最初から「公然の秘密」として警察側が慎重に対応していました。「この程度のことが分からないなら、秘書などやらなければ良いのにねえ」という気もします。

(まあ彼がいなければ事件は起こらず、小説が書けなくなってしまうのですが)

と、いう次第です。この小説で推理する部分はないのでネタバレしても問題ないでしょう。

逆にいうと、それだけ小説として面白いです。

ともかく今回は推理よりも、湯川先生の人間洞察力と、内海刑事の「刑事の感」が冴えわたった一冊でした。

ただし科学は出て来るし、登場人物たちの立ち回りも面白いです。さすがに「シリーズ最高傑作」とのことだけはあります。感服しました。

まとめ

それにしても湯川先生の成長ぶりには驚かされます。それからTVドラマのような内海刑事の「刑事の感」も流石です。

だから再三になってしまうのですが、「沈黙のパレード」に続く新刊はどうなっているのでしょうか。

ヒツジ執事は頑張って、首を伸ばして待っている次第です。

さて今回は湯川学先生にならうことにしましょう。

「ではまた」